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いざ稲蒔へ(小学生続編)

お待たせしました。今回は、おばちゃんの女性部仲間の子供の頃のお話続編です。また読んで楽しんでくださいね。

“昭和30年ごろの話です。
当時佐伯町塩田(現在の和気町塩田)よろず屋「久安商店」の娘の私は7才。
冬になると対岸の稲蒔から聞こえてくるカラカラカラ サラサラサラという耳にここち良い音。
片上鉄道の列車が通る時を除けば冬の寒村はシーンとした静けさだったものですから、子供の私にはあの音は何だろうと不思議な思いでした。
両親やとなりにある塩田女学院の岩藤先生に聞くと「あれは稲蒔にある南部千代松商店の筆軸を転がす音だ」と言うのです。
筆軸を転がす?? 意味がよく分からず掘りさげて聴いたところ筆軸は竹でできていて冬場に切り出すと虫がつかず良質なものができるとか。
転がすのは満遍なく陽にあてて寒風にさらし、乾燥させると竹のソリが無くなりまっすぐできれいな筆軸ができ上がるそうな。
広島県の熊野町という筆を作っている所へ出荷して、いろいろな筆に加工されるという話である。
そう言えば年末と夏休み前になると私の家に熊野から筆屋が来る。
熊野の筆屋は東備地区を廻って注文を採りいつも夕方「久安商店」へやって来る。筆と墨の在庫を調べ注文を採るとその日はわが家へ泊まる。
当時塩田小学校では男先生が交代で宿直当番をしていた。
学校には風呂がなかったため わが家迄下りて来て先生が一番風呂に入る。
熊野から筆屋が来て泊まる時は筆屋が二番目。
五右衛門風呂の追い炊きでお手伝いのとみちゃんは大忙がしだ。
次の日熊野の筆屋は塩田と福田を繋ぐ渡し舟で吉井川を渡り稲蒔の南部千代松商店へと向った。
村の小さな小学校ではあったが塩田小学校は書道やつづりかた教室、作文に熱心な先生が多く、新聞社主催の競書会にも全員が出品し特選や金賞をもらう児童も珍しくなかった。
弘法は筆を選ばずということわざがあるが、小学生でも一生懸命練習して上達して来るとやはり良い筆は「はね」や「はらい」止めた時の墨のたまり具合が美しい事に気付き 親たちは少し高くても良い筆を奮発して買い与えていたようです。
「久安商店」でも書き初めや七夕競書会が近づくと羊毛やテンの毛を使った高級筆がよく売れていました。
さて7才の私 好奇心の固まりで怖い者知らず、父に言わせると女にしておくのはもったいないくらいのはちきんぶり。
どうしても稲蒔という所へ行ってみたくなり近所に住むチーちゃんと一緒に稲蒔を下見に出かけました。
片上鉄道の線路が通っている盛土の土手に上がるとゆったりとカーブして流れる吉井川の対岸に竹林に囲まれるようにして稲蒔地区が拡がっています。
手前には広い広い川原があり吉井川の川面がキラキラ光って、川の中程には中州のような砂だまりがあり冬の吉井川は美しく穏やかな情景です。
稲蒔を遠目で確認し、チーちゃんと家へ帰ろうとした時、視力2.0のチーちゃんが川舟を見つけました。
「稲蒔から舟が来ょーる」一艘の川舟が塩田郵便局のある谷尻の舟着き場へ戻って来たらしいのです。
舟を漕いでいたのは局長の次男のよっちゃん兄さんでした。
チーちゃんと私はよっちゃん兄さんに即交渉「あした稲蒔へ行く時 私らも連れて行ってん」
よっちゃんは「おえん、この舟は手紙やはがきや小包を運ぶ郵便局の舟じゃから人を乗せたりしたら局長に大げんを食らうんじゃ、絶対おえんぞ」と険もほろろ、よっちゃんは無愛想だけど根はやさしいお兄さんだと2人は知っていました。
次の日よっちゃんが稲蒔から帰る頃2人で舟着き場へ迎えに行き、「一生のお願いじゃから稲蒔へ連れて行ってん、よっちゃんの為なら何でもするけん」とうとうよっちゃんは根負けして明日11時に稲蒔へ行く約束をとりつけました。
次の日、私は両親には「チーちゃんとけぇ遊びに行って来るけん」と言って家を出ました。
川風が冷たいからぬくぅして来るんでとよっちゃんに言われた私は手袋、マフラー、ちゃんちゃんこという重装備。
舟着場へ行くとチーちゃんもでぇれぇぬくぬく仕度。
郵便物の入った大きなかばんを舟底に置いて、よっちゃんがおもむろに竹竿で岸をドーンと突くと舟がゆっくり動き始めた。
チーちゃんも私も息をひそめるように舟べりにしがみつきドキドキしながら遠ざかる谷尻の舟着き場を見ていた。
中州をよけるように少し遠まわりをして稲蒔へ着いた。
よっちゃんが川原へ先に下りて私たち2人を舟から降ろしてくれた。
「僕が配達して帰って来るまで川原で遊びょうられ、川の近くへ行ったらゴンゴに足をつかまれて引っ張り込まれるから・・・大人の仕事のじゃまをしたらいけんで」と言いながらよっちゃんは土手の向こうの坂道を下りて行ってしまった。
私とチーちゃんは川原で石を積んだり、平たい石を見つけて水切りをしてしばらく遊んでいたが何しろ寒い。
風が頬を切るように冷たいのだ。
筆軸を拡げる作業をしているおじさんたちも耳あての付いた帽子を着たり、ほっかむりをしている。
チーちゃんが寒い時は押しくらまんじゅうか走ればぬくもると言うので押しくらまんじゅうをしてみたが2人でやっても少しも効果はない。
土手を走ってみたが風を切って走ればなお寒い。
その内誰かに呼ばれた気配がして土手の坂道を下りた。
トタンで囲われた作業小屋を通り抜けた奥の家から着物を着たおばあさんが出て来て「まぁまぁ子供の声がすると思うたら稲蒔の方じゃぁ見かけん子じゃが、どこから来なさったら」と声をかけてくれた。
チーちゃんが「私は角南の運送屋の子でこの子は学校の下の久安の店屋の子です」とおばあさんに自己紹介。
するとそのおばさんは「そうかなそうかな、ひょっとしてどっちの家のお父さんにもうちもお世話になっとるで、稲蒔へ来る事をお父ちゃんやお母ちゃんに言うて来たんかな?」と言うのである。
2人とも親に内緒で来たことを白状するとおばあさんは私とチーちゃんの手を引いて家の中へ、玄関先に大きな木の看板が掛けてありどうやらここが「南部千代松商店」らしい。
台所につながる座敷へ上げてもらって火鉢に手をかざすとおばあさんは2人の手を代わる代わる摺り合わせて暖めてくれた。
熱い甘酒をフーフー言いながら飲むとやっと人ごこちが着いた。
その内2人は眠たくなって南部千代松商店のこたつで寝入ってしまうのである。どのくらい寝たのかよく分からないがおばあさんの「局のよっちゃんが戻って来なさったから起きられょ」の声を聞いてチーちゃんも私も身震いしながら目覚めた。
「2人ともええ子しとったかな、さあ帰ろうで」とよっちゃんの声。
おばあさんにお礼を言ってよっちゃんの後をついて舟を止めてある川原へ下りると、よっちゃんが私たち2人の方を振り返って大声を上げた。
「ありゃーえれぇこっちゃ見つかってしもうた。
帰ったら局長に大目玉じゃ2人とも舟の底へ伏せて動くなょ谷尻へ着いたらとりあえず謝るんじゃ」
対岸の谷尻の舟着き場には塩田郵便局局長、チーちゃんのお母さんと私の母、警防団の法被を着たおじさん2人が行列になって仁王立ちしている。
舟底に貼り付くように伏せながらチーちゃんが言った「谷尻へ着いたら2人で謝るから、よっちゃんは悪うない無理に頼んだ私らが悪かった言うから、よっちゃん心配せんでええょ」
チーちゃんに励まされるようによっちゃんは竿先に力を入れて舟着き場に郵便舟を寄せた。”

お話の続きが気になる方は、赤磐市馬屋「有限会社ヤシマ建材金物店」さんまでお問合せくださいね。


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いざ稲蒔へ(小学生続編)の詳細情報

会社:㈲ヤシマ建材金物店
住所:岡山県赤磐市馬屋588
TEL:086-229-2556
営業時間:7:00~19:00 祭日は8:00~17:00
定休日:毎週日曜日

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